7/30/2012

一泊二日の郡上市訪問。〜田んぼから小水力発電まで〜その⑤

こんばんは
毎日暑い日が続いております。
先日から続けて書いていたシリーズも今回で最後です。
たくさん書きたいことがあったので、分割してしまいました。
ただ、それほど色々と刺激がある二日間となりました。
最後は石徹白で行われている小水力発電に関してです。
こちらで小水力発電が行われていると言うことを初めて知ったのは、実は記憶に定かではなく
いつのまにか小水力発電というと、こちらの石徹白に関しての記事が、マスコミやインターネットでも多く出回るようになっていた感じがします。
いつか石徹白に訪れて、実際に発電所が稼働している様子を見てみたいと思うようになりました。
石徹白の小水力発電の思いの源は、「自分達の手で、自分達の暮らしを作っていく、自治の精神。石徹白の言葉で言うと(甲斐性)を取り戻すこと。」(朝日新聞インタビューから)
こちらの石徹白に移住し、NPO法人の副理事をしていらっしゃる、要の人物平野彰秀氏の言葉です。
75年生まれのまだお若い方ですが、私はこの精神に共感しました。素晴らしい志だと感じます。


石徹白の特産物でもある、とうもろこしの加工工場です。
工場の隣にある水車型発電機により、24時間絶え間なく電力が生産され、加工工場で利用されています。


水車の横に取り付けられた発電機です。
こちらのモーターより、加工工場に電気を送っています。


写真の加工場の横の道路の脇には、水路があります。
高原地帯で、土地の高低差が非常に激しい石徹白では、山系からの恵の水が、大量に水路を勢いよく流れています。
その水路に写真の様な、スクリュー型の発電機が設置されています。こちらの発電機は、水車型発電機の様に大きな場所を取らずにこのぐらいの幅の水路があれば設置が可能です。
このようなスクリュー型の発電機が数台水路沿いに設置され、将来的には小水力発電の電気をグリッドし、町内の電力供給をほぼ供給できればいいなと聞きました。







水力発電による動力供給とは別に、給湯などは薪ボイラーの利用などを併用して、総合的な家庭内エネルギーの自給自足を目指したいと・・・。
水資源を利用した小水力発電、間伐で発生した木材を利用しての薪ボイラーによる給湯、暖房使用。
いままで有効利用されてなかった地域に存在するエネルギー資源を使うことによる
「地球温暖化防止」「地域自治の再生」
他所の犠牲があった上での電力供給ではなく、自分達の暮らす自然の神からの産物により
人間の暮らしに還元する方法は、様々な角度からみても、頼もしくてワクワクしてしまうのは
私だけでしょうか?
戦後日本人は、朝から晩まで会社組織で働き、納税をし、その税金が今に至るまで非常にいい加減な使われ方をしてきました。
毎日のように流れてくる官僚政治や既存政治、日本政府に対する不満の映像やトピック。
テレビのインタビューで発言される人の声は
「早くよくなってもらわないと困るわね。」
いつのまにか日本人は、だれかに委任するという形式がデフォルトになってしまっている例だと感じています。
自分は直接関わらない、税金は納めているから文句だけは言わせてもらう。
じゃあ、なにか少しでも行動しているのかと言うと、そう言う人は無駄に一日中テレビを付けっぱなしで、意味の無い日を送っているかもしれない。
そのテレビのお笑い番組の電気は、もしかして行き所のない核燃料廃棄物と巨大利権にまみれた汚れた電気かもしれない・・・。

柄谷行人と浅田彰が「露悪趣味的共同体」から「偽善的社会」について述べていた記事で

「人権なんて言っている連中は偽善に決まっている。ただ、その偽善を徹底すればそれなり効果を持つわけで、すなわちそれは理念が統整的に働いていると言うことでしょう。」
と述べていたことがある。
更に「善を目指すことをやめた情けない姿をみんなで共有し合って安心する。日本にはそう言う露悪趣味的な共同体の作りが伝統的にあり、それはマスメディアによって煽られ、強力に再構築されている。」

私はその人権の部分をいろんな事に置き換えることができると解釈しています。
「どうせこんなことをやっても、世の中が変化するわけが無い。」
地域自治、電力供給・地球温暖化問題、食物、病気、教育・・・・。
戦後半世紀で、構築されてきた既存の国家運営に、様々な部分で大きなバグが発生し
早い段階でリストラクチャーしないと、いろんな事が取り返しが付かなくなってしまう。

大げさかもしれませんが、今国内で動き出している、持続可能社会形成への取組や、今回の電力供給をトリガーとした地域再生の取組は、今はもしかして「エキセントリックな奴がいるな。」とバカにする人もいるかもしれません。
なぜなら、巨大な箱物では無い故に、今の段階では大きな政治力や利権力をもたないからです。
ただ、私はこうした取組は日本が将来的に先進国として頂点に登りつめた次なる社会形成の
歴史的一歩であると感じています。
大げさでは無く、人々がもう一度地に足の付いた生活を見直し、日本を世界のお手本にしていけると感じ行動すればそれは大きな力に繋がると確信しています。

わたしも自分で少しでも何かに関わっていけないものかと、春から小さな活動を通して、地球温暖化防止に対して色々な人のお話を聞かせてもらっています。
それらを経験していると、意外にそんなエキセントリックって思われてるような人々が私の周りにも沢山いて、学者さん意外の一般市民でも心のどこかでは、なんとかしないといけないと
思い始めていることが、よく解ってきました。
ですから、露悪的に開き直り既存体勢に惰性的に乗っかることは、そろそろ卒業してできればと
自分自身も改めて肝に銘じたいところです。

小水力発電のを見学したあとは、車を少し走らせて、石徹白の人々が白山信仰や地域の神様として大切にしてこられている白山中居神社に伺いました。


 石徹白洋品店の女将さんが「地域の皆さんが大切に信仰している、特別な場所なので是非見てきて下さいね。」とお話しされていたことが、今でも心に残っています。


 神社から一本道を数キロで、石徹白大杉に到着しました。
駐車場から山へ少し登った所にあり、この日は石徹白の皆さんで外来種からまもる保存作業をされていました。



私が石徹白洋品店さんで、購入したヘンプのハンカチにもこの石徹白大杉がワンポイントで
プリントしてあり、まさに人格が存在するかのような、独特な感覚をこの大杉から
受けました。
お爺さん杉ですが、いままで色々と山を守ってきたかのような、父性的な感覚です。
そんな素敵な石徹白はこちらのHPに町の情報が載っていますので、見て下さい。



そして石徹白の自然の恵み、とうもろこしの予約販売が開始されたそうです。
糖度が高く甘くて美味しい石徹白産の遺伝子組み換えではないとうもろこしの通販もこちらで
受付されているそうです。


短い時間での石徹白訪問でしたが、お天気もよくとても有意義な時間となりました。
今回の二日間でいろいろな方とお話しをしました。
田んぼでの参加者の方〜石徹白でのお話しまで。
色々な方に感謝したいと思います。ありがとうございました。

7/27/2012

一泊二日の郡上市訪問。〜田んぼから小水力発電まで〜その④

殆ど山越えと言っていい感じに車は高原を目指して、ぐるぐると峠を登っていきます。

ようやく見えてきたスキー場を通り過ぎて、石徹白の集落へ下り坂になり
314号線と127号線が交わる集落の入口のそばに、今回の目的ポイントの一つでもある
石徹白洋品店」さんが見えてきました。

石徹白は高原地区にあるために、昼夜の寒暖差が大きいので、トウモロコシの生産が盛んです。

石徹白洋品店さんの向かいにも、トウモロコシ畑がありました。
お店の玄関には、近所のお母さんと、こちらのお店の店主でもある女性が、お茶を飲みながら
楽しそうに会話をされていました。

丁度お店の中では曽我隆行さんの写真展が開催されていまして、白山や石徹白を撮影された美しい写真が
展示されていました。

街のギャラリーではなく、石徹白のこの場所で展覧されていることが、とても意味がある事だと感じつつ、写真を拝見させて頂きました。

作品はどれも非常に美しいもので、そこにある自然や、人々の生活の息吹が感じられる素晴らしい展示でした。
タイミング良く拝見させて頂き、運が良かったというか、ありがたいです。




お店の店主に写真撮影の許可を頂き、私のお土産も選ばせてもらいました。


私がまだ若かった頃、日本はまだバブル経済の残滓の様な人々がたくさん存在していました。
かく言う私も、ひょっとしてそのうちの一人だったのかもしれません。
そして、私の少し上の世代の60年代のバブル組の人などは、まだそういった価値観を引きずっているかもしれません。

人も、商品も使い捨てのように製造していく巨大アパレル企業や、頻繁にモデルチェンジしていくことが、あたかも正義かのような錯覚。
グローバル化という言葉を大義とし、地域の歴史、産業、そして自然環境までもが破壊されていく様をなんとなく傍観しているうち
とうとうここまで来てしまったかと
気がつけば本当に取り返しが付かないところまで破壊の根は深く。

そして、昨年の原発震災によって電源大量供給の闇がディスクローズされてしまいました。

みんなうすうす感じていた人もいたことでしょう。
私もその1人だったのかもしれません。
どこかで意識を価値を変換しないと、この暴走は止まることはないと・・・・。


小水力発電というキーワードから、石徹白が注目され、こちらの存在を知りました。

わたしはこの石徹白に移住され、小さな手作り感あふれたこちらの洋品店が開店されたことを
インターネットの端っこで、一人で祝福しておりました。

まだお若い女性の店主が、過去の貴重な経験から大切にしていきたい素材や、手法、感性を形にして
お店と、ここで売られている商品作りをプロデュースされていることは
素晴らしいことだと感じます。

話しが変わりますが、少し前に見学した木之本の橋本さんでの、和楽器の弦作りも
地域の自然環境からの恩恵からによる、地元産業の継承と言うことでポストしましたが

石徹白洋品店さんでは、
 ※カンボジアのクメール地方に伝統的に生み出されるシルクの手織物。
 ※明治時代に三河地方が産地となり、水車の動力で織っていくガラガラ紡績。
他にも大麻の糸を原料とした、麻の織物等々・・・。

そうした地域の人々の暮らしや、技術を、若い女性の感性で製品化され、コンクリートの
建物で販売するのではなく
石徹白という場所に暮らし・販売されていることに、深い意味があると感じました。


店内では、お知り合いなどの手作りの作品が展示・販売もされていました。
大きな縁側の先に見えるトウモロコシ畑
いつのまにか青い空に太陽が顔をだしていました。

オーガニックコットンで織られたガラガラ紡布の織物と、ヘンプでできた石徹白大杉の
可愛いイラストがプリントされていたハンカチと、グラスの手作りコースターを頂くことにしました。

お会計を済ませると、近所のお母さんと少し挨拶をして、お母さん達はおうちに帰って行かれました。
そのあと、お店の店主が冷たいお茶を入れて下さり、石徹白の事や色んなお話しを
お仕事の時間を割いて話して頂き、貴重な時間を過ごすことが出来ました。

いま日本でも若い人たちが自分達の故郷や、地域の文化をどうした形で継承していくか
知恵を出し取り組まれている方々がたくさんいらっしゃいます。
日本の様々な地方で私よりも若い人が、試行錯誤で頑張っています。

なにか元気をもらえた時間となりました。
そして、石徹白の事を教えて頂き、次回小水力発電と、石徹白大杉に続きます。

一泊二日の郡上市訪問。〜田んぼから小水力発電まで〜その③

今日も暑い日となりました。
暑中お見舞い申し上げます。

さて、前回からの続きを書きたいと思います。

二日目の朝、郡上八幡の喫茶店にて、ロイヤルミルクティーのモーニングセットで朝食を済ませて
いよいよ石徹白に向けて車を走らせることに。

途中郡上大和にある道の駅に立ち寄ります。

ここは無料の足湯があるのと、朝市の大きな施設があります。
日曜日と言うこともあり、地元の新鮮で安い野菜を求めて、たくさんの人が買いに来ていました。
私は、お昼ごはんのまぜご飯をこちらで買ったのと、地元産の枝豆と細い豆を買いました。
そしてまだ時間に余裕があったので、足湯をしてほっこりしました。

越前街道から白鳥町にて飛騨街道に入り
石徹白方面に向かいますが、ここからが結構時間がかかりました・・・・。

初めて立ち寄る場所なので、せっかくなので阿弥陀ヶ滝に行きました。
 日本の滝100選に選ばれている阿弥陀ヶ滝は落差60mの立派な滝でした。
なんでも、流しそうめんの発祥地??らしいみたいで、滝に向かう入口には
お土産屋さんと流しそうめんやさんがありました。

ここは滝に向かうまでに有料の駐車場があるのですが、その先の滝の直前に
無料の駐車場がありますので、車を駐車する場合は無料の駐車場まで行かれることをオススメします。
滝は非常にダイナミックで、午前中少し曇り空だったのが残念ですが
快晴だと、水しぶきと青空のコントラストが美しいかもしれません。

そして、いよいよ、石徹白へ・・・。

7/23/2012

一泊二日の郡上市訪問。〜田んぼから小水力発電まで〜その②

午後からは和良町を後に、今晩の宿泊先の郡上八幡に向かいます。
私、いって気がついたのですが、その日は郡上おどりの日だったのです。
一晩中踊り明かすお盆のおどり意外にも、毎週末こうしておどりを開催されているようです。
駐車場がおどりのために使えなかったので、今晩の宿でもあるユースホステルさんに電話をして、少し早いですが、車を先にとめてもらうことにしました。
車を駐めて郡上八幡市内に観光に向かいます。

 いつも訪れている水野政雄先生のショップとミュージアムに行きました。
水野先生は、郡上八幡の郡上おどりのポスターを1984年から書き続けられている
地元ご出身の作家さんです。
私が先生の作り出す絵や造形が好きなのは、里山や日本の原風景とも言えるイメージが
とても可愛く描き出されているからなんです。
いわゆるありがちな田舎っぽいタッチではなくて、先生の作品には可愛らしさというのがあると
私は勝手に感じているんです。
その、勝手に感じている可愛らしさというのは、少し違った言葉で表現するとうまくいえませんが、絵から出てくるどうしようもない楽しさみたいな感じです。
先生の作品には、動物・虫・自然の景色・郡上八幡の景色・・・。
あまり癒されましたという言葉は嫌いなのですが、先生の作品をみると、懐かしく楽しい気持ちにさせてもらえるんですね。
まあ、私の勝手な思い込みはこの辺にしておいて、
いつもはショップだけでしたが、この日は一人と言うこともあり時間があったので、
ミュージアムに入場しました。
1階の展覧をしていると、先生らしき人がうろうろしていたと思っていると
私に声をかけてくださいました。
「時間ありますか?よかったら、面白いこと見ていって下さい。」

私は喜んで近くの大きなテーブルに着席して、先生のハサミで切っていく立体物の
デモンストレーションを拝見させてもらいました。
なんといろいろ見せてくださって、小一時間ほどお付き合いしてくださいました。
大野市の観光施設に行った時に常設されていた先生の作品のことを伝えると、喜んでくださいました。

たった1枚の紙をハサミで切って、上の写真の様なクワガタをまるで魔法のように作ってもらいました。
下書きはされるのですか?と質問をすると、下書きはせずに全部想像です。と・・・。
私は残念ながら絵心がないので、頭のなかのものを絵や造形に反映する作業ができない人種なので
ますますこうした超能力とも言える創造性を間近でみると、ただただ驚くばかりでした。
こちらの記事にある「少年の魂」を読むと、納得しました。
先生は私と話してる最中頻繁にゲラゲラと比較的大きな声で、笑われるんです。
自分でおっしゃった事に、自分で笑っている感じなんですが
みているこちらが不思議に思うぐらいに、よく笑われます。
ここ最近あったいろんな人の中でも、断トツに笑って、最後はこちらまで子供にかえったように
作ってもらった作品のおもちゃで遊んで笑っていました。
そんな先生は毎年草津市にあるギャラリー紀楽さんで個展を開催されているそうです。
郡上八幡まで行けない方は是非草津にある展覧会をご覧になって下さい。
いろいろ作って頂いた紙のおもちゃや作品を全部持って帰ってと気さくに言って下さり
袋に詰めて頂きました。
そしてサインも快くして下さいました。
先生にお礼を伝えて、ショップのスタッフの方にもお礼を伝えると「なかなかああいった機会がないですから、ラッキーでしたよ。」と。

午前中は雨で少しガッカリしていましたが、午後先生に直接お会いできて色々拝見させて頂き、貴重な時間になりました。

郡上八幡にこれから行かれる方は是非立ち寄って下さい。
懐かしい気持ちで心がホッとします。

そして、少し涼しいので、オープンカフェにてゆっくりとしながら

ユースホステルに戻りました。
お風呂はホテル近所の地元の風呂やさんで入浴です。
午後7時までなので、この日は朝も早かったので、早めに寝ることにしました。

一泊二日の郡上市訪問。〜田んぼから小水力発電まで〜その①

こんばんは
土曜日曜日と、田んぼオーナーをさせてもらっている、郡上市和良町に草むしりに行ってきました。
と言いたいところでしたが、土曜日はあいにくの雨になり、結局草刈りは中止となり
オリエンテーションと、お昼は協議会の方が準備してくださったBBQ(「和良ベキュー」と個人的に思い込んでいます。)での昼食で、2回目の田んぼイベントは終了しました。

5月12日に田植えをしまして、2ヶ月少しでこんなにも成長しておりました。
自分が植えた農作物がこうやって生長していると、なんだかやはり愛おしくなります。
これも地元の方が日頃手をかけてくださっているおかげの賜です。
残念ながら草刈りは雨で中止になってしまいましたが、育った稲を見ることが出来、なんだか安心しました。
以前も少し書いたかもしれませんが、上の写真の鮎は、和良川というオオサンショウウオや梅花藻が生息するほどの清流が育むとてもプレミアムな鮎なのです。
美味いポイントは先日NHKでもオンエアーされた内容がHPにありますので、そちらをご覧下さい。

炭火で焼いたホヤホヤの和良鮎を申し訳ございませんが、5匹は頂いてしまいました・・・・。
長浜市でもさっきまで生きていた鮎を塩焼きにして頂ける鮎茶屋さんが有名ですが
こちらの和良鮎での炭焼き鮎も、申し訳ないぐらいに美味しくて、その味に品があるというか
身に甘みというか、まろやかさがあるかんじで、これはBBQを食べてなかったら、10匹は軽く行けそうなぐらいの勢いでした。

東京や京都の料亭などで、鮎のコースなんかは最低一万ぐらいからでしか食べられない事を考えると
ほんとね、なんとね
贅沢なんでしょうかね。申し訳ないですよ。ほんとうに。
食べながら満足感に一人浸っておりました。
BBQでは、ご存じ鶏ちゃん焼きが登場です。
私は去年の明宝での宿泊に時に初めてご馳走になったのですが
ごはんのおかずにも、酒のつまみにもなり、これはこれで美味い一品です。
さいごはそれに焼きそばを投入し、鶏ちゃん焼きそばで締めました。

7/16/2012

青い夜のさよならツアーLive

こんばんは

土曜日の夜に大阪one dropと言うバーで行われた寺尾紗穂さんのライブに行ってきました。

ライブハウスというより、バーですね。
ステージもなく、平場にYAMAHAのアップライトがセッティングされていて
そのピアノを取り囲むように会場を20名ほどのお客さんが埋め尽くしていました。

実は土曜日から日曜にかけて、ボランティアをしている関連での資格と研修のために
大阪まで行かなければならなかったのですが
グッドタイミングで、土曜日の夜にライブがあり
そのまま1泊する予定で大阪に向かいました。

大阪駅の近くの研修会場では一日中缶詰で冷房が直撃する状態だったので
土曜日の屋外は結構暑かったです・・・。

一日目の研修が終わって、とりあえずホテルでチェックインを済ませ
ホテルの大浴場でさっと汗を流しました。

ライブは7時半からの予定でしたが、ホテルから会場に向かうまでの地下鉄の駅を間違えてしまいました。
これは、東京と大阪の地下鉄の電車内と駅のホームや構内での駅名表示のスタンスが異なるからなんですね。

大きな色分けした○で、田舎者にも解るように書かれている東京での癖があるので
どうしても、どの駅でどの路線に乗り換えていいのかの情報が大阪の地下鉄は薄いと感じるのです・・・・。

会場に到着すると既に小さなバーにはほぼ満員に近いお客さんが座っていて
私の名前を入口のお姉さんにチェックして頂きライブを待ちます。

実は寺尾さんのライブは初めてで、実物を見るのも初めてです。
彼女の音楽自体が比較的東京的なサウンドなのとやはりお住まいが東京で子供さんもいらっしゃるので
地方でのライブはあまりない感じだったのかも・・・。

ですからとても楽しみに演奏が開始されるのを待ちました。

狭い会場は入口しかないために、私の椅子の横を通り過ぎてピアノに着席され、演奏が始まりました。

6畳間ぐらいしかないような狭いバーなのでピアノの音もかなりオンな感じです。
アップライト独特のまろやかな音もいい感じです。
ボーカルに少しリバーブをかませるぐらいの、シンプルなPAですが、そのぶん生の雰囲気がとても伝わって来ました。

数曲演奏されたあとに、一旦休憩されたようだったのですが
わたしはこれで演奏が終わったのかと店を出ると、マネージャーさんと寺尾さんが入口の所にいらっしゃったので
寺尾さんが「もう帰られるんですか?」とたずねてくれたので
私は、「もうおわりじゃなかったんですか?」と聞き返すと
「休憩ですので、まだありますよ。」とのこと。

そそくさとまた座席に座って、烏龍茶を飲んでいると数分でまた演奏が始まりました。

彼女の歌唱法は、あまりビブラートなどをかけずに、ジャストピッチで歌いきる感じです。
ビブラートをかけない代わりに、ベンドを多用されます。
ピアノのアレンジもジャズ的な要素が多いです。

若さだけあり小柄で華奢な身体からは想像が出来ないほど、長い音符やファルセットでも歌いきります。
ピアノの伴奏は、アルバムにかなり忠実で、矢野さんのライブなどを聞き慣れていると
逆に安心して聴けます。
矢野さんの弾き語りとか、聴いているこちらが怖いですからね。
どう、攻めてくるんだって。

2時間近いライブを息も切らさずに完唱されたのがとても不思議なくらいでした。

私は今どきの若い子のやっている音楽はJ-WAVEを聴いている時に流れぎぎするぐらいで
比較的似たり寄ったりなミュージシャンが多いために
CDを買ってまで聴く人がいないんですね。

ライブはとても良かったです。
翌日の昼も追加公演があったのですが、残念ながらその時間は私は試験の最中なので
見に行くことは出来ませんでした。
うれしいですよね。もう日本ではあんな若いミュージシャンは出てこないかと思っていました。
彼女のメロディーはおそらく私の様な70年代の洋楽などが好きな人間や
所謂日本のSSWの全盛期サウンドが好きな人は、同じように感じていると思います。
私の好きなこの曲も当日歌ってくださいました。

ライブが終わって、お店を出るとまた入口に寺尾さんとマネージャーさんがいらっしゃったので
ほんの少しですが、お話しをしてまた関西にライブに来てくださいと伝えました。

寺尾さんは本当に小柄で華奢で、実は私は曲とか、直毛のロン毛の雰囲気からかなりサブカル系の女の子っぽいかと思っていたんですが
ぜんぜんそんな雰囲気ではなく、とても話し方も丁寧でかわいらしいお嬢さんでした。

また近くに来てくだされば、是非ライブに足を運んでみたいです。

と言うことで、私の試験の結果発表は明日らしいです。

そして、今日は風がびゅーびゅーでした。

7/09/2012

ヒラメちゃんの事とか。

最近、家で飼っていた猫のヒラメちゃんが亡くなりました。

これで、とうとう私の家の猫は一匹だけになってしまいました。

ヒラメは家の前で捨てられていた猫を拾ってきて育てていました。

いままで何匹か飼った猫でも一番人に懐くことが苦手な猫でした。

それでも、機嫌がよい時は撫でてあげるとゴロゴロと喉を鳴らしてくれたりはしましたが・・・。

猫が亡くなる時は、亡くなった瞬間よりも、弱っていく姿を見ていることが一番辛いです。

それは人間でもそうでしょうが

動物は言葉が話せない分、余計になにか見ていて辛いです。

あんなに元気だった猫が1ヶ月ほどで急変してしまって。

さようなら。

7/03/2012

欲望

今年の夏は暑いのだろうか?

震災から一年以上経過して、福島原発からは毎日のように線量のニュースやトラブルなどの報道も流れるかなで
それさえの責任すらなんら取れていないにも関わらず、「私が責任を取ります。」と軽々しく発言するメタボおやじ。

そんなことを考えていると、世の中には理不尽なことが90%ぐらいで
もし「物事の正しい道理」と言うものがあるなら
それにそっていることなんて10%ぐらいなんじゃないかって思うこの頃です。

私の周囲でも、意外とみんなそんな感じの人もいれば、なにかの問題に様々な方向から考えている人もいたりと、様々です。

金曜日から日曜日にかけては大飯原発の再稼働問題で
各地でいろんなデモや集会等が行われていたそうです。

私も長年利用していた関電の光ファイバを解約し、NTT系列のインフラに乗り換えました。
まあ、だからっていってなんてこともないんでしょうが。
年間で6万以上のインターネット利用料金ですし。

特に集会やデモのアクションに直接的に参加はできませんが
環境問題や、電力問題の知識を増やしていく方法もあるんじゃないかとも思います。

6月25日にドイツの環境団体エテコンが東京電力にブラックプラネット賞を贈ると発表していました。
ブラックプラネット賞とは世界でもっとも環境破壊を行った企業に贈られる賞です。

その受賞に当たっての公開状がPDFにてアップされていました。以下抜粋です。


現在尚続いている福島第一原発大事故災害は2011年3月11日に起きた震度9の
地震に因って始まった。震源地(震央)は宮城県東北沿岸の沖合いであった。
これにより少なくも10 metersに達する津波が発生し、場所によってその高さは
38 meters にまで及んだとの事であった。また当原発は日本列島東沿岸に直接
位置する為、津波をそのまま受け、その高さはおよそ13乃至15 metersであった。
何人かの作業員は防護用長靴を履かずに原子炉建屋の一つ
にいた為、特に強く放射線を浴びる結果と成った。東電は原子炉建屋内の
高濃度に放射能汚染された水の危険性を熟知していながら、作業員に対し、
何らの警告もしなかった。
安全のための対応処置をとる中で、数千トンの放射能汚染水が海中へ流さ
れたため、日本の漁業関係者及び近隣国である韓国、ロシア並びに中国の
激しい抗議を生む結果となった。海中における放射性ヨウ素及びセシウムは、
時によっては、法的制限値を50,000から200,000倍も超えた。放射性ヨウ素の
場合、制限値をこえる値が現場から15km、放射性セシウムの場合、30km離れ
た地点で測定された。放出された放射能汚染物質はさらに海草や海底に付着
堆積し、そこから、食物連鎖に組み込まれやがては人間の体内まで達する事になる。
最大の罪を背負っている張本人はTEPCOである。何故なら、
同本社は総理大臣に対してすら重要な情報を出さずに押しとどめていたから
である。しかもTEPCOはマスコミに対する強い影響力を持つ事から、批判的な
報道に対する圧力を長期間にわたりかけ続けられる立場にあった。そして、
TEPCOは、到底隠しおおせなくなるまでは被害を幾度となく否認し続けた。
さらに非難すべき点がある。それは、もともとすでに長い間知られている事実
ではあるが、充分に一般の注意を引くまでには至っていない。即ち、それは、
TEPCOが原子力設備を清掃する仕事にホームレスや貧困者を利用する企業の
一つであると言う事である。原発においてもっとも危険な仕事をこなす為、
過去30年にわたり乞食、軽犯罪者、他国人、貧困者といった人々が集められた
この間にいわゆる<原発奴隷>だった700人から1,000人のホームレスの人々が
死亡しているが、さらに、1,000人の人々がガンに罹っている。彼らの雇用は
通常TEPCO(或いは同じような他の大手企業も同様)によっては行われず、
下請け企業を通しているが、いくつもの原発を稼動させているTEPCOは既に
同件で何度も告訴されている。ただ、TEPCOは、自社の宣伝の為東京の繁華な
ショッピング・エリアの中心に巨大な電力博物館(電力館)を建設したり、
研究開発やマスコミに金を出して、常にあらゆる処に入り込み君臨している為、
日本のマスコミでは大きなタブーの一つになってしまった。
TEPCOが加盟している全国電力関連産業労働組合総連合は日本最大最強の労働
組合であるが、同時に企業側に支配され、操縦されている。従って、同組合は、
その発足以来、原発を支持し続けている。また現在の民主党執行部は同組合に
よって支持されている。さらに何人かの国会議員は同組合から送り出されている
従って、TEPCOに対する厳しい管理監督などはそこからは望むべくもない。
同時にTEPCOの経営陣は保守党である自由民主党の最大スポンサーの一つであ
。従って、両党とも現在まで一度も原発に批判的な方針は打ち出していない。
原発の導入と建設は国家主導により始まったが、今では、それが、原子力関連産業、
電力供給事業者、政党及び御用研究者によって構成される排他的で、なれ合いの
特権集団を形成するにいたり、民主主義の脅威になってしまった。
TEPCOはまさにその中でも核心的な役割を担ってきた。
勝俣殿、
清水殿、
西沢殿、
その他関係各位、
東京電力(TEPCO)本社の業務決定事項とその遂行に関する責任はあなた方
及び主要株主並びにその他の経営責任者が負っています。福島における
人類史上の大災害、すなわち、人々の健康と環境の取り返しのつかない程の
大規模破壊、そして死に至らされる多くの人々、これらの責任はあなた方と
既述関係各位にあります。あなた方は平和と人権だけでなく、さらに民主主義、
自然環境、人類全体をも危険に晒しています。あなた方の行動の主要動機は
自らの金銭欲と権力欲であり、あなた方はその為に道徳・倫理を踏みにじり、
地球が黒い惑星(Black Planet)になって滅びる事も恐れようとはしません。
エテコンは、あなた方の行動の中に、私達の緑の地球(Blue Planet)を破壊
し、廃墟と化する恐るべき共謀者を見る思いがします。エテコン倫理&経済
基金は、ここに、人間としての倫理性に対する驚くべき軽視とその蹂躙を
記憶に留める為、あなた方及び主要株主並びにその他の経営責任者に国際
エテコンブラックプラネット賞2011を授与し、以って糾弾するものであります。

そうそう
今月寺尾紗穂さんのライブが大阪であります。
初めて生で聞くのでとても楽しみにしています。
チケットは既に売り切れで追加公演も予定されているそうです。