11/08/2012

お米を取りに収穫祭に行ってきました。

こんばんは

先日の土曜日11月3日に
今年植えたお米の収穫祭に和良町まで行ってきました。

当日は天気も崩れずに、半年かけて出来上がったマイお米(「マイマイ」と呼ぶことにします。)をいよいよ取りに向かいました。

思えば今年の2月に昨年ふるさと郡上会のイベントで出会ったこばけんさんのTweetを見て
こちらの和良町の米作りのオーナー制度に申し込みました。

311以降もそうですが、以前から私の中では食べることに関しての興味や関心が高まっていき、特に日本人にゆかりの深いお米を実際に自分の手で関わってみることによって
食べ物に対する感じ方が変化してくのではないかと思ったことがきっかけでした。

おかげさまで、今年のイベントには皆勤賞で、すべての行事に参加することができました。
岐阜県の山の中という、かなり遠い土地ではありましたが
それ故に、自分の周囲では感じられなかった感覚や、景色や、人との出会いなどもありました。

収穫祭当日のメインイベントは、地元の食材と新米を振る舞っての交流イベントです。
私の向かいに着座された各務原からお越しのご夫婦は「このオーナーさんたちはみんな良い人が多くて良かった。」とおっしゃっていました。
私も皆さんとはお話しできなかったですが、何回かこられている方は顔を覚え、挨拶やお話をすることもできました。

私のように一人で参加している方や、家族連れの方やご夫婦連れの方など
いろんな方がオーナーとして、お米作りを体験されました。

当日のメニューは和良のなかにある、レストラン・サンテのシェフ粥川さんにより用意されました。

どれも美味しいと思って話を聞くと、名古屋のホテルにて勤務されていたそうです。
特におどろいたのは、鹿肉を素材にしたシチューやカレーでした。
生まれて初めて鹿肉をいただきましたが、はじめはおそるおそるだったのですが
粥川さんの腕にかかり、全く臭みのないとろけるようなお肉がスパイスのきいたソースと絡んで大変美味しかったです。
ほかにも和良鮎を使った唐揚げや、お芋の天ぷら、おつゆだけでも何種類もあり
あつあつのお味噌汁などもご飯とあって美味しかったです。
座った席の周囲の方との話もはずみました。

食事が終わると、この地方で冬に飾り付ける、「餅花」作りをしました。
餅花とは飛騨地方等で新年に飾る縁起物のようなものです。

雪深い地方ではお花が冬にないために、葉の落ちた枝にお持ちを小さく千切ったものを
お花の代わりに装飾したもので、お花の代替として飾るようです。
そういえばどこかで見たことあったかも??
 餅花作りの際は、あれやこれやと、大笑いしながら楽しい時間となりました。

楽しい時間が終わりに近づき、今回のお米60kgを頂いて、車に積んでいざ長浜にかえりました。

まだ精米をしていないため食べてはないのですが、今のお米がなくなり次第早速食べたいと思います。

今回、和良の協議会のスタッフの方が色々な準備や工夫をこらしてくださいました。
正直、手間の方が大変だったと思います。
参加費も、おそらく普通にお米を買う値段とかわらないぐらいに良心的で
その中で、各日の準備や後片付けや企画等など、地域の方の手作りの行事という感じが
ひしひしと伝わってきました。

私はいつもひとりでの参加でしたが、ほかのオーナーさんたちやスタッフの方々が良い人に恵まれ、いつも楽しい時間を過ごすことができ、滋賀へ帰る道も幸せな気持ちでいっぱいになりながら、自分が少しでも手にかけたお米を頂けることを待ち望んでいました。

親戚などにお百姓さんがいない私などは、それぐらいに新鮮で特別な経験をすることができました。

こうした安全なお米が頂けるのもいろんな人の手が加わることと、自然環境が維持されていることが相互に作用した奇跡の結晶なようなものです。

あたりまえの用に食べている毎日のお米をはじめとする食べ物について、今後も無関心でいることのないように、感謝や疑問を持ちながら食と向かい合っていけるようにしていきたいです。

10/12/2012

ベニシアさんの講演会に行ってきました。

こんにちは
水曜日の夜に滋賀県立大学で開催された琵琶湖塾第4回プログラム
「ベニシアの手づくり暮らし〜人生は40歳から始まる〜」を受講しに行ってきました。

会場はほぼ満員の大盛況ぶりです。
定時通りに開演されました。
年齢層はやはり高めで、女性7男性3位のわりあいでしょうか?
女性がもっと多いかもしれませんでした。
県立大学の学生さんを除くと、一般では私が年齢は低いぐらいに思えるほど
定年組以降の層が多かった感じです。

ベニシアさんは外人なので、日本人の講演慣れしている人のように、文章をすらすらと組み立ててお話しされる感じではありませんでしたが
彼女なりに、過去の生い立ちから現在に至るまでの経緯をご紹介してくださいました。

NHKや出版社から出ている本では解らないというか、カットされてしまうような
彼女の側面を垣間見れて、とても親近感を持つことが出来ました。

1950年にお生まれになったベニシアさんは貴族のお母さんと共に何度かのお父さんを経由して(お母さんが恋多き人だったんでしょうね。)

10歳ぐらいの時に、いわゆるブルジョワジースクールに通い始めて、(恵まれた)周囲の人や、自らの母親の男性遍歴に少しずつ疑問を感じていたそうです。

その頃のベトナム反戦運動、いわゆるカウンターカルチャーの影響を多大に受けた様でした。
フォークギターをもちバンドというか音楽活動を始め、レコードレーベルと契約もし
当時好きだったサイモン&ガーファンクルのスカボローフェアをよく聴いていたそうです。
ただ、レーベルと契約を切られてしまい、自身と音楽とは縁があまり無いと感じ、
好きだったビートルズのジョージハリスンの禅や東洋思想に触発されて、いざインドに単身で旅立つ訳です。

こういった生い立ちをきいて、私は現在のメディアが装飾している彼女のガーリーな部分よりも、彼女の物質主義や既存体制に対する疑問が既にティーンエイジャーの頃から確立されていた事がよく解りました。

会場に来ていたお金持ちそうなガーデニングおばさんからは想像も出来ないであろう、いわゆる
日本で言う不良少女だったと言っても過言では無いと思います。

インドでの生活後ネパールで日本から来ていた同じようなヒッピーから(当時の学生運動全盛の)日本の事を聞き、船で九州から来日したそうです。ロンドンで日本的なサウンドを聴いたことがあり、その時の神秘的な感じも影響していたと語られていました。

直ぐに九州男児と結婚するも、やはりうまくいかなかったようで、
そして、現在のご主人と出会い結婚となるわけです。

彼女が今のご主人の自然をフィールドとするライフスタイルに影響を受けたのも
彼女の過去の生い立ちをみても、それはごくごく自然なことだったのでしょう。

NHKでは絶対にカットされるであろう、除草剤や殺虫剤等のケミカルに対する彼女のスタンスは
言い回しは柔らかいですが、非常に危機感を持っていらっしゃるようでした。

人間には何パターンの人がいて
自分の生きる意味になんの疑問も感じずに、好き放題やってしんでいく人。
哲学的に、生きる意味を考えすぎてしまう人。
年を重ねるごとに、死を意識して、自分が生きている意味を探していく人。

日本ではいつの間にか、自分自身の事を考えたりすることを中二病などといい
若い頃にかかるハシカの様なものと捉える節があります。

私がベニシアさんのことが何となく好きになったのは、なにかベニシアさんがただの
金持ちおばさんのガーデン好きに見えなかったんですね。
彼女が今でも驚くようなセンシビリティを持っているのも、そうした過去の経験や
失敗や生い立ちから、今の現状があり、そしてハーブや自然思想に繋がっているのだと感じました。

現代の日本で、外国人である彼女がなぜ人気があるのか?
外国人である彼女の方が日本の事が詳しかったりする。
日本の伝統的な工芸や、近隣の自然にふれ合う姿勢。
そんな私たちの身近にあるセンスオブワンダーを、ベニシアさんは鈍感だった日本人に
気づきを与えてくれてるのだと感じました。


私もそうですが、やはり音楽の影響というのは、凄いですね。

10/10/2012

木曽 御嶽山の紅葉を見に・・・・。

なんと土曜日の稲刈り後一旦自宅に戻り、その晩から長野県の木曽御嶽山に向かいました。
XZ-1にて撮影

老体にむち打つ過酷な移動ですが、数年に一度の最高の紅葉と聞くといてもたってもいられないです。

土曜日の10時過ぎに友達を車に乗せて、いざ中津川を経由して御岳ロープウェイまで車を走らせます。

事前に車中泊の準備はばっちりで、寝袋や毛布、そしてホンダフィットのリア部をフルフラットにするやり方をインターネットで調べて
深夜二時過ぎに到着後、直ぐに車中泊の準備に取りかかりました。
寝る姿で運転していたので、あとはコンパネの板を敷いて、寝袋に入って寝るだけです。

疲れていたのと耳栓もしっかりしていたので、直ぐに寝付けました。
あんな小さなフィットですが、174cmの身長の私が足をほぼ伸ばしきって寝られるのは
驚きでした。
私より身長が高い人は難しいですね。

と言うことで、ぐだぐだ言うよりも
今回は写真が多いので、アルバムとスライドショーにしました。
今回使った機材は
Olympus E-system E-3+E-520
Olympus XZ-1

レンズは
Olympus Zuiko Digital ED 12-60mm F2.8-4.0
Olympus Zuiko Digital ED 50-200mm F2.8-3.5
Olympus Zuiko Digital ED 40-150mm F4.0-5.6

です。
私がE-3で友達がE-520
コンパクトのXZ-1はお互いに持っていたので、それぞれ使いました。

ただでさえ一眼レフの機材が重いので、一人で2台の一眼レフはしんどいとの判断で
コンパクトを持って行きましたが、非常に吉となりました。

下山の途中で、一人で来られていた男性と紅葉の話しになり、その時にカメラの話しにもなりました。
Eシステムも使っていたそうですが、現在はソニーのシステムで撮影されていました。
一通りのメーカーのマウントを使ってこられていたので、色々とお話しが聴けました。

私のカメラは画素も少なく今では古いカメラになりますが、この子が壊れるまで大切に使いたいと思います。

はじめての稲刈り

こんばんは
秋らしくなり、山の方では紅葉の知らせや初冠雪の知らせも来ているところですが
いかがお過ごしですか?

先週の土曜日に私がオーナーに参加している和良町の田んぼでの稲刈りが行われましたので、行って参りました。

前回の草刈りは天気が良くありませんでしたが、今回はお天気も問題なく
無事に念願の稲刈りが出来ました。

ではレポートです。
いつものように、朝が早いです。
会場に8時半頃には到着ですので、6時過ぎには自宅を出ます。
いわゆる、マイカマを持ってなかったので、事前にホームセンターで鎌を買ってきました。
500円ぐらいのと980円のとありました。
何が違うかというと、中国製と、日本製です。
どちらか迷いましたが。写真の日本製の鎌にしました。
とっての部分が赤く塗られていて、他の人の鎌と判別がつきやすいだろうとの事も思って。

このかまがざっくざくと非常によく切れました。

刈った稲はこのようにある程度まとめて、湿らせたワラで結わいてゆきます。

 みんなで一斉に刈っていきだんだん田んぼがはげてきました。

 こうして、どんどんそこら中にまとめた稲が積んで行かれます。
刈るのはまあ、それはそれで大変なんですが、意外と大変なのが、この稲を結わく作業なんですね。

次に稲架(はさがけ)と言う、天日干しにする作業です。
地元の方より、教えて頂き、結わいた稲をだいたい7/3分けにして、交互に架けていきます。
 お日様の方向に当然向けて、乾きやすくします。天日干しにした方が美味しいそうですし
他の田んぼのお米と混じらないので・・・・。
当然ですが、カントリーエレベーターとかに持って行くと、ほかのお米と混ざってしまいます。
 と言うことで、午前中皆さんで力を合わせて、上の写真の様に、完了しました。
どうだ!!この自然の恵みと、みなさんの力の賜!!
 お昼ご飯は地元のものを使った特製お弁当です。
栗ご飯美味かったですよ〜。
午後は、オリエンテーションで、近くのお寺にて語り部をきかせて頂き解散でした。
途中地元で一番大きなお祭りをしてらっしゃいました。
前回伺った戸隠神社のお祭りです。

貴重な地元のお祭りも見せて頂いて、この日は和良町を後にしました。
来月はいよいよ、収穫祭で、私のお米を頂きにいけるので、楽しみです。
早くこちらの新米がどんな味か食べてみたいです!!

9/25/2012

BIAS社 SoundSaverを使ってみて・・・・。

前回LPをMacに取り込む(録音)するために、アナログレコード用のADコンバーターの投書をしましたが

その後何枚か取り込みしてきて使ってみた感じを書いてみたいと思います。

そもそも、iTunes等のダウンロード販売が一般化している世の中で、CDすら売れないというのに
アナログのLPをパソコンに録音する人など私を含め、ただの物好きかオタクかしかいないと思います。
まあ、アンチダウンロード派ですからね。私はww。

よって、一般世間では必要のないことなので、ネットを探してもなかなか参考になる記事が上がってこないこともあり、つらつらと書いてみたいと思います。

前回書いたように、どこまでの高音質でデジタル化するかによりますが
いかんせんお金が無いのと、割り切りが必要なので、24bit 96kに拘らずに
一万円ほどで購入可能なART社製のUSB Phono Plusを利用しています。

特にこの機器自体のおかしな欠点も今のところそんなに無いと思います。
ハイビット、ハイサンプリング出来ない点を除けば(値段が値段なので仕方がないです)、それよりも、ゲイン調整が出来たりローカットフィルターが付いているのが意外と高機能で重宝だったりもします。

そしてこちらに付属している(潰れた)BIAS社のソフトのSoundSaverが非常に使いやすかったです。
ただ、USB Phono PlusにバンドルされていたSoundSaverは正規のそれより若干ですが機能制限がありました。
まず。録音が44.1kに限定されてしまう。
ハードウェア側の仕様に依存するのかと思っていましたが、バンドルソフトではサンプリング周波数の変更が出来ないようです。

ちなみに。この後BIAS社のPeak LE 7を購入しましたが、こちらにバンドルされていた正規のSoundSaverは、そう言った制限もなく、48kでの録音や、私が別に使用している24bit 96KHzでの録音も認識してくれました。

他にも録音後のクリーニング作業のウインドウでのパラメーターも若干異なっていました。
ただ、無駄なエンハンサーや、ノイズリダクションをかけてしまうと
露骨に音質が変化してしまうので、私は殆どバイバスしていますから、このへんはあまり関係無かったです。

一気に録音した曲ごとのトラック定義のウインドウですが
ここが一番作業の時間がかかる部分です。なれると非常に早く出来るようになりました。
要は曲ごとの出だしと終わりを波形を見て、実際に音できいてポイントを定義して、分割します。
これがあるおかげで、無録音部分のプチプチの部分とかもバッサリ時間(波形)ごとカット出来ます。
あとは、分割して曲の数がアルバム通りに定義出来た後は、タグの自動入力画面があります。
アーティスト名と、アルバム名を入れるとCDDBに参照するのか、これじゃないでしょうか?と
該当するアルバムのリストとそれに含まれている曲数を表示してくれます。

この機能が非常に便利で、データベースに運良く参照出来れば、あとから曲名やアーティスト名や曲順などのタグをデータに打ち込むことなく
自動で定義してくれるのです。(素晴らしい)

ただ、CD化されてないような古いアルバムなどは意外とデータがあがってきません。
全く違うアルバムなどが候補に挙がってきてしまうので、それはキャンセルして、手動で後ほど入力します。

最後は書き出し画面にて、どのようなフォーマットで書き出すかを選択肢から選びます。
私の場合はWAVで録音したままのクオリティーで一旦書き出して、それをiTunesに放り込みます。
その後iTunes側にて、iPod用のAACに変換します。
まあ、こんな感じで昔のカセットに録音するのと同じ時間がかかります。
その後の波形編集などもあるので、それよりも面倒かもしれませんが
手軽にiPodやデジタルオーディオで聴くことが出来るようになると思えば、このぐらいの作業は
ありかなと思います。

それと、録音していて、まれにモニターの音がおかしくなってしまうときがありました。
瞬間的に音飛びしたように・・・。
針飛びかな?と思いましたが、どうもそんな感じのノイズというか音飛びではなかったので
私のパソコンがC2D時代のiMacと言うことと、録音時の同時モニターの出力を
もう一つのオーディオコンバーターのDAを利用しアウトしていましたので
一度に二つの外部USBコンバーターを使用していたためか、録音時だけは
アウトの設定をiMacの内臓スピーカーに変更したところ、そういった音の乱れは無くなりました。
編集の際はヘッドフォンで外部アンプからモニターしますから、またDAを通しての音出しになりますが、録音さえ無事にしてしまえば、あとはどうってことありませんから大丈夫でした。

私の探す努力不足かもしれませんが
Macでこういった一連の作業がほぼマニュアルを見ずに効率よくウィザードにそって楽に出来るソフトがおそらくあまりないと思います。
潰れてしまったBIAS社のオーソライズサーバーが幸いにも今のところ生きているので、利用することが出来ていますが
このソフトが使えなくなってしまうと思うと、ちょっとそれは不便かもしれません。
どなたか良い代替ソフトをご存じでしたり、別の方法でデジタル化してるよ!!と言う意見がありましたら、コメントして下さい。

ちなみに今使用しているMacOSはスノーレパードです。
Lion以降に上げる体力もこのMacには無いと思いますし、そもそも動かなくなるソフトがたくさんあるので、それはそれで困ったりも・・・・。

もう1台のMacBookでも同じ環境で使えるようにオーソライズはかけましたので
1台がクラッシュしてもまあ、当分の間は使えると思います。

と言うことで、古いLPやアナログソースをお持ちの方でMacに取り込んでライブラリに追加したい方は、是非楽しんでみてください。

9/23/2012

一人巡り 金沢・福井編

今回の金沢に行くついでに廻ったところが何カ所かありましたので
紹介していきます。

まず行きの途中に北陸自動車道の徳光PAにあると言うか、そこから出入り可能なんですが
隣接した場所に松任市民温泉というのがあります。
 以前からここの高速を通る旅に一度入ってみたかったのですが、今回入浴する事が出来ました。
お昼までの時間はこちらにてつぶせました。
入る前は雨模様でしたが、入った後は写真の様に晴れてきました。
ここは凄まじく年齢層が高いです。お爺さんとお婆さんしかいないと言っても過言ではないほどに、なかの食堂などもサロン化状態でした。

お昼を金沢でどこで食べようか、直前までなにも下調べしていなかったので
私の知っている方で、大学に金沢に在住されていた通の方に直接メールでお伺いしたところ
大変詳しく色々教えて頂きました。
 なんでも、金沢が誇るB級グルメのなかでも、こちらのハントンライスというのが
金沢のソウルフードとして有名らしく、教えてもらったお店に向かいました。
年期の入った店舗に入ると、殆どの人がこちらのハントンライスをオーダーしているではありませんか・・・・。
 ほかにも魅力的なメニューがありましたが、せっかくこちらに来たので、ハントンライスを注文することにしました。
 私はエビが食べられないので、エビ抜きで注文しました。
大盛りもありましたが、普通の奴を頼んでいざ出てくると、デカいww
全部食べられるか不安でしたが、なんとか全部頂くことが出来ました。
オムライスに魚のフライが乗せてあり、タルタルソースがかかっていると思って頂くと
なんとなく味がわかってもらえると思います。

お昼を食べた後は、バスにのって金沢の伝統が今も残る東茶屋界隈に出向きました。
 過去にもなんどか伺ったことがありましたが、なんとなくまたこちらに来てしまいました。
 古い町並みはやはりホッとします。

そこからバスにのって美術館の隣にある、金沢能楽美術館に行きました。
最近リニューアルをされたそうで、能衣裳と能面を着せてもらっての体験が出来るようになったそうです。
なかなか出来る事ではないので、ボランティアの方が是非とも体験して下さいとしきりに進めて頂きましたが
ちょっと怖かったので今回はご遠慮致しました。

で、結局この後お茶をして、ホテルにもどってコンサートとなったわけです。

翌日は、 昨年から気になっていた禅で有名な永平寺に、下道で向かうことにしました。

禅と日本文化を読み解いていくと、現在の日本が直面している様々な問題を解決する糸口がある気がしています。

禅の精神は、飾り立てプラスしていくことによって表現する西洋の文化と違って
究極的に装飾を排除した(ミニマリズムという言い方とは違うかもしれませんが)
受け手に委ねる特性をもっている感じがするんですね。
昨日見てきた能楽の世界もそうですが、所作と所作の合間の行間に一番大切なことが潜んでいるといいます。

製品作りに徹底した無駄を省き見えない部分から発生する「何か」を求め続けていたスティーブジョブズが亡くなり、そして昨年の311が我々日本人に示した今後の日本のあり方も
私はこの、見えない部分に重要な知恵というかヒントがあると思うようになりました。

それを感じれる人と、まだまだお祭りをしていたい何も感じない人でおそらく
今後の生き方も変わっていくのではないでしょうか?

本来私たちの先祖や、日本の戦前までの様々な文化にこうしたミニマリズムな精神は宿っていたはずでしたが、戦後の高度経済成長期以降、所謂成金国家の道を突き進んでいき
毎日がお祭りのようになってしまっていたのかとも思います。

と言うことで私の戯言はこの辺にして、中学生以来だったと思います。
久しぶりに訪れた永平寺のレポートです。

 このように、とても大きな敷地の中に様々な建物があります。
 永源寺は今から670年前に道元禅師よって開かれた座禅修行の道場です。
お天気もよく、お寺の中も緑が溢れ、太陽の光と緑と建物のただそれだけの美しさで溢れていました。
お掃除もお坊さんが至るところで綺麗にされていました(作務)。美しかったです。

こちらの永平寺さんでは、禅の体験修行プログラムもあるそうです。
みっちり三日のプログラムと一泊二日のプログラムがあるそうです。
私もいつか体験したいと昨年頃から思うようになりました。

永平寺の最後の通路の壁には貫首の福山諦法さんのお言葉のパネルが掲示されていました。
そのなかで、昨年の震災の事にふれ「今こそ快適さや便利さを追求する社会から脱却し、未来を生きる子供たちが笑顔で生きていける、いのちを大切にする社会を築いていかなければなりません」と記述されていました。

昨年こちらの永平寺にて、脱原発のシンポジウムが開催されました。
私も行きたかったのですが、当日は平日だった事もあり行けませんでした。
永平寺が過去に命名に関わったとされている、高速増殖炉の「もんじゅ」や新型転換炉の「ふげん」は何れも菩薩の名前にちなんだものだそうです。

当時の朝日新聞記事より

曹洞宗大本山永平寺の僧らがつくる「禅を学ぶ会」が11月2日、「いのちを慈しむ~原発を選ばないという生き方」と題したシンポジウムを開く。すべての命に思いを寄せる釈迦(しゃか)の言葉を引きつつ、放射性廃棄物という「負の遺産」を子孫に残していいのか問いかける。小浜市の明通寺住職、中島哲演さんらが講演する。高速増殖原型炉は「もんじゅ」、新型転換炉は「ふげん」。1970年、二つの原型炉の名前は、菩薩(ぼさつ)から取られて決まった。「文殊菩薩の智慧(ちえ)は仏教の智慧であり、科学知識とは違う。許される名前ではなかった」と、同会の西田正法事務局長は話す。菩薩と世間におわびしたい思いから、今回のシンポジウムを企画したという。釈迦は「これから生まれようと欲するものでも、一切の生きとし生けるものは幸福であれ」と説いたという。原発を動かす限り、半減期2万4千年のプルトニウムが生み出され、子孫に残される。西田事務局長は「『私たちさえよければ』という欲に支えられた利益を漠然と享受してきたことに自覚的になり、一人ひとりが生き方を選ぶためのシンポジウムにしたい」と話している。

当時私はこの有名な永平寺がこうしたセンシティブな問題のシンポジウムを開催されるということに、驚きを感じました。
今年の2月には、全日本仏教会の会長が記者クラブでの講演にて、
以下京都新聞記事より
河野会長はまず「仏教の根本は人命の尊厳」とし、その教えを説く者として、自らの教団が戦争遂行に協力した過去を問い続けた半生を振り返った。その上で原発事故について「口を閉ざしていることは、かつて戦争へと転がっていく社会的状況に順応したことと同じ」と心情を述べ、「豊かな生活が誰かの犠牲の上に成り立っていると知って反省し、原発を必要としない社会を求めなければいけない」と訴えた。福島第1原発事故を受けて出した宣言文では、豊かさの追求の結果、命を脅かす事態を招いた現実への深い反省と、原発への依存を減らして持続可能エネルギーによる社会の実現や個人の幸福と人類の福祉の調和の道をうたっている。

こうした宗教界での動きを見ていても、やはり原発問題に関しての仏教界のコンセンサスも
脱原発の方向にまとまってきているのではないかと私的におもったりもしています。
参道沿いにはたくさんのお土産屋さんが連なっていました。
観光客もひっきりなしにバスから降りて、永平寺に向かっていきます。
上の写真はお土産屋さんのゲージのなかにいた猫ちゃんです。
とてもおとなしくて可愛かったです。こんな所でも猫とあえるなんて、私は幸せです。

車を海に向かって走らせます。
東尋坊に着きました。実は東尋坊は私がまだ20代最後のあたりに、とある人と二人で来たことがあるばしょで、そこからもう10年ほど時が経ってしまっていたと
改めて感慨深い気持ちに少しなりました。
そんな事はさておき、今日は一人で楽しく来ているのですから、ゆっくりと見学していきたいと思いました。
天気がとてもよく、風もなかったので、遊覧船は稼ぎ時といわんばかりにフル回転していました。
東尋坊は上から見るとめっちゃおっかないですが、したから見上げると、そんなに高く感じないのは私だけでしょうか?
こちらもたくさんの海産物のお土産屋さんが軒を連ねているので、猫が自然とたくさん集まるようになったのでしょう、何匹か懐いている猫を触りました。

と言うことで、二日目は高速は敦賀から長浜の区間だけで、あとは全て下道でのんびり周遊する事ができました。

短い期間でしたが、特に永平寺に訪れることが出来たのは、私にとって意味がある事だった気がします。

大貫妙子さんの北陸ツアーに行ってきました。

金曜日の夜に行われた大貫妙子さんの北陸ツアー初日のライブに行ってきました。

会場は金沢市の南にある、野々市市(はじめなんて読むか解らなかった)のフォルテホールです。
金沢の中心部から車で20分ほどですので、ほぼ金沢でのライブといったところでしょう。

当日は午前中から高速を使い金沢に向かいました。
お昼過ぎにホテルの駐車場に車を駐めて、少し市内を散策し4時頃にホテルにもどり大浴場にはいり、部屋で横になっていると、なんと居眠りをしてしまっておきたのが6時半前だったので
慌てて着替えて、車を出し会場に向かいました。

夕方の市内は渋滞も重なり会場まで少し時間がかかりましたが、なんとか無事に開演に間に合うことができました。

5分ほど遅れてコンサートが始まりました。

去年の松本市で行われたライブ以来ほぼ一年ぶりの妙子さんです。
前回の松本でのライブも最前列でしたが、今回も幸運にも最前列のほぼ中央という
ラッキーな席です。
UTAUライブでは教授と福井に来られましたが、単独で北陸に来られるのはかなり久しぶりとの事でした。

金沢近辺50万人都市ですが、ホールは少し席が余っていました。
大貫さんのライブは、「一人で来る人が多い」と妙子さん自身も語っていらっしゃるように
彼女の歌が好きな人は大貫さんもそうらしいですが「群れない人が多い」ために
人を誘ってくれずなかなかお客さんが劇的に増えることはないと。
ご本人もそうしたファンのカラーをよくわかっていらっしゃるようで
私もいつものように単独行動ですし、私のお隣の女性も単独で来られていました。
私が知ってる人などは、某男性二人組のライブに友達とお祭りのように楽しんで行かれている方もいます。
ファンクラブでないとチケットが取れないほどらしいです。

まず、今回のメンバーは
ドラムに林さん、ピアノにパネさん、ギターに小倉さん
と鉄板メンバーです。素晴らしいですよ、この方達の演奏は。
なんて贅沢なんでしょう。小倉さんのスタッフのマニピュレートをされている方も
昨年の松本市でのライブと同じように打ち込み音源のコントロールと
今回はベースも弾かれていました。
セットリストです。
富山市でのライブも終わられたので、セットリストアップします。
最近の妙子さんの心情からなのか
自然の内容と絡んでいる楽曲が増えているように感じます。
最近最後に「懐かしい未来」を歌われることも、心に思っていらっしゃる事があるからだと思います。

パネさんとのピアノだけとのアレンジの曲などでは
PAを通してない素の声がもれて聞こえるんですね。私の席からだと。
ベーゼンドルファーは大きいので、結構音が聞こえますが、妙子さん本当に華奢なんですが
身体以上の声を出されているのを感じました。
若い頃の歌い方から変わっていることもありますし、声質が変化しているのは
最近のCDやライブでも解りますが、たまにハッとするんですね。
だからライブで生できくのとCDで聴くのとではやっぱり全然違いますね。
お金かけてでもライブに行かないといけません。
今回お客さんが意外とノリが良かった(少し拍手が早すぎると思ったが)せいもあり
前半からリラックスされて歌われていたように思いました。

MCでは、SNSとかスマホに対する妙子さんの考え等々・・・。
地方に広がる長閑な風景を守っていって欲しい。とても素晴らしいものに囲まれているのに
携帯ばかり見ていてもったいない。とも。
仰るとおりです。
スマホやゲームをやるなとはいいませんが、
自分の身の回りのことに無関心で、画面の中だけの世界で時間が流れてしまっているのは
残念というか、私もそう思います。
所詮コンピューターや携帯なんて下駄と同じだと私は思っています。
実際に自分の目で見て、耳で聞いて、肌で感じて。
私が猜疑心が強いからなのかもしれませんが、近年何事もライブに拘るのは
自分が直接感じないと、やはり良い悪いが判断できないからだと思うようになったからです。
コンサートが終わった会場
今後も大きな会場でなくてもいいので、出来る限りライブを期待しています。
このバックメンバーが揃うのもなかなかないですし。

ということで、あっという間のライブでした。
この日は金沢通の方に教えてもらったお寿司やさんにて、このあと晩飯を食べました。
美味しいお寿司も食べられましたし、最高の一日になりました。